昨夜は“temptation”をバイオリンで弾かされ,さらにダメ出しをされるという悲劇的な夢を見てしまい,寝覚めがわるいのでたまには楽器の話でもしましょう(脈絡ないか).
楽器といってもvirtual instrumentの話.ピアノ音源のおはなしだ.
修少年が楽器屋さんに通い始めた1970年代当時,電気で鳴るピアノを求めるのは至難の業だった.Fender RhodesやWulitzerなど高価なエレピもあったが,一億総中流の当時の庶民に手が届くはずもなく,エレピとして独自のサウンドを醸し出していたのでこれは別格としよう...生ピアノ音源としては,YAMAHA CP-20などアナログVCOで無理矢理ぶんーぶんーとdecayの早いサウンドを作り, 和音が鳴らせて(←重要)強弱が表現できればそれでずいぶん立派な「ピアノ」と呼ばれていたものだった.それでも1台30万円なり...
その状況が一変するのが'80年代,サンプリングという技術の誕生である.AKAI S612によってお目見えした『録音された』ピアノのサウンドをステージで鳴らすと,皆どこかにピアノがあるのかと思ってきょろきょろと周囲を見回していたのを覚えている.愉快じゃった...そしてクラビノーヴァやらKorg M1などでその技術はまたたく間に普及し,あとはマルチサンプル数やらメモリ容量やら,バブルに踊る時代を映し出すかのように激しいスペック競争が始まっていったのだった.
現在,サンプリングピアノはモンスター化している.家電としてのエレピはせいぜいトータル16〜128MBくらいの波形を元に発音しているが,PCのソフトウェアともなるとGB単位が当たり前. 北欧SampleTekkのTBOなどは各鍵93サンプルずつで合計10GB,まもなく発売の米East West Quantum Leap Pianos に至っては3マイクポジションで270GB(!)のライブラリである.こうなると同時発音しようにもPCのRAMが追いつかないし,HDDからのストリーミングも限界値である.(6.5GB RAM/250GB HDD×4:RAID0でストライピングの僕の環境では全然追いつかない.Logic Pro7.xが4GB以上のサンプルをRAM上で扱えないバリアもある.)
メーカーは競争に追われてハイスペックを求めるしかないだろう.しかし,演奏のたびにごりごりとハードディスクが4台唸り出し,CPUが極限にまで稼働してしばしばクラッシュするような“楽器”を,落ち着いて作曲に使えるというのか? むしろ,僕が'90年代から愛用しているマイアミのCoakleyおじさんがお家でカスタムサンプルした16MBのスタインウェイがなぜか心地良くて,ファイナルミックスにもそれを使ってしまっていたりする.
そんな中僕がいつか出るだろう,出るだろうと期待していたのがフィジカルモデリングのピアノだった.平たく言えば,現実のピアノの音を『録音→再生』するのでなく,ピアノという楽器の中で起こっている物理学,どこがぶつかってどこが震えて・・・をまるごとコンピューターで『演算』してしまうというものである.YAMAHAがVL1で始めて商業的にリリースし,主に打楽器や管楽器のモデリングを世に問うてはや13年,最も難しいといわれたピアノのモデリング音源が,ついにフランスからリリースされてしまった.それも『たった』249ユーロで.個人的には,使えるものはあと10年待つと思っていた.
サンプリングが,一瞬の“静”を捉え,その枚数でリアルに近づこうとするのに対し,モデリングは,“動”そのものが存在である.サンプリングをパラパラ漫画にたとえるなら,コマ数が多くなるほどリアルな動きにはなるが,時間もかかり,手が痛くなる.モデリングは絵そのものに可動部分を作ってぱこぱこ折りたたんで動かすようなもの.画は1枚で済む.画像処理に詳しい人ならビットマップとベクターの違いと言えばピンとくるだろう.
問題の弾き心地,そして音だが,一本指で単音を弾いてもサンプリングほどリアルではない.ドミソ和音をじゃーんと弾いてもなんだかなぁという感じ.ところが,メロディを弾いた瞬間,なんということだ!楽器が指に絡みついて歌い始める.これはサンプリングではぜったいに得られない感触だ.
消費メモリはたったの15MB.もう膨大なメモリも巨大なRAIDも要らない.残りはすべてCPUがやるのでけっこう重いのでは?と思っていたがそれほどでもない.サンプリングピアノを淘汰するまではいかずとも,今後のピアノ音源はモデリングへと大きく重心を転換することは間違いない.
もともとフランスにはIRCAMという国家組織があって,コンピューターと音楽の融合からソフトウェア開発に至るまで,国民の税金をぜいたくに使いながら数十年間研究を続けてきた.日本やアメリカ,ドイツの商業的ソフトウェアメーカーがサンプリングのスペック競争に追われる中,背中を向けてしこしことモデリングの研究を続けてきた成果がこのMODARTT Pianoteqには惜しみなく注ぎ込まれたようだ.
愛するフランス国民の皆さん,あなたがたの20%を越える付加価値税(消費税)とほとんど半分持って行かれるというすばらしい所得税は,ついにここに実を結びました.おめでとうございます.そして,どうもありがとう.
"楽器が指に絡みついて歌い始める"
この言葉(もはや「詩」ですね)を見た途端、購入を決定しました。
大容量が蔓延る中で「8MB」を見たときは何事かと思いましたが、納得しました。
こんな素晴らしい物を紹介して下さって本当にありがとうございます。
Posted by: ST2 | Tuesday, 24 April 2007 at 07:43
すみません,Pianoteq 2にバージョンアップになって必要メモリが8MB→15MBにアップしてしまったので訂正させてもらいました.
現状では,中域の鳴り方にまだ課題が残ると思います.すごい高音とすごい低温はものすごくリアルなんですが...
ピアノソロ曲ならいいけど,ミックスの中での鳴り方がまだ生のピアノより溶けてしまうというか,音が『立たない』時がありますね.
でも買っておいて損はないと思います.いまユーロが高いとはいえ,某日本代理店ではさらに割高な値段を付けているようですし,無料バージョンアップも期待できます.前バージョンから比べてもずいぶん改善されました.
実際に購入される前に,サイトから試用版ダウンロードをすることをオススメします.一部の音域が白鍵しか鳴らないことと,試用期限があるだけで正規版とそんなに変わりません.こういうのは好みがありますからね.
いちおうコンプライアンスとして(笑)
Posted by: Osamuxxxx | Wednesday, 25 April 2007 at 01:08